神社と実務 第八十七号

あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。

《 秋例会・忘年会レポート 》

十一月二十八日(土)午後二時、JR山手線田町駅から徒歩五分ほどの御穂鹿嶋神社に正式参拝し、神職の説明を受け、更に現在は駐車場となっている鹿嶋神社跡地(合祀前の鎮座地)を見学しました。稲荷社と神輿蔵と井戸が残っていて、かつての面影を辿ることが出来ました。

午後三時、三田春日神社に到着し、正式参拝。その後、三笠禰宜より説明を受け、所用で外出なさっていた三笠宮司が戻られたので、少しお話を伺い質疑応答を致しました。更に会館を見学して散会とし、神社前の「三田中国飯店」で懇親会を催しました。

参加は山本孝司代表・稲葉博・稲山家訓・金子善光・柴沼淑人・中津川昌弘・中林伸男・中村裕之・萩原諄夫・橋本紃子の皆さん。賑やかに過しました。

◇ 会員総会のお知らせ

 二月六日(土)午後一時〜四時三十分
 会場 神奈川県川崎市・稲毛神社参集殿
 講演会 午後三時〜四時三十分(パンフレット参照)
 講師 熊野神社宮司・元アナウンサー 宮田 修氏
テーマ「言挙(ことあげ)を考える」
 懇親会 午後五時〜七時(同じ会場)
 総会参加費 五〇〇〇円(懇親会費込み)

*当日は本会会員中村崇志氏による映像機器(フォトフレームほか)活用のデモンストレーションがあります。「お金と手間を掛けずに案内や教化を」という設定です。御期待下さい。 
*参加申し込みは事務局へどうぞ。

〈 お 知 ら せ 〉

狛犬博物館見学は五月八日(土)・九日(日)と
決まりました。旅程は次号に同封します。奮って御参加下さい。

書   棚

o白川静著『桂東雑記Ⅰ』(平凡社・四〇八ページ・一八〇〇円+税)四章で構成。Ⅰでは「歴史の始め——軍事と祭祀」「読書の思い出」、Ⅱでは「中国における文字の成立」「漢字の記憶」、Ⅲでは「漢字の奥深さで知る東洋文化の偉大さ」に啓発された。Ⅳは講座聴講者の質問に答えたものだが示唆がある。本書には略字体や現代仮名遣いへの批判もあり、大家の発言ゆえに重みがある。

o近藤好和著『装束の日本史 平安貴族は何を着ていたか』(平凡社新書・二二八ページ・八四〇円+税)序章「装束の重要性」第一章「有職故実の歴史」第二章「束帯という装束」第三章「束帯の装身具と武具」第四章「多様な装束」第五章「公家女子の装束」終章「装束と天皇制」という構成。大学の講義ノートが下地である由。通読せず必要に応じて該当箇所を読むと有益。神職は第四章「多様な装束」第五章「公家女子の装束」必読。概要把握には終章「装束と天皇制」がよい。

o「正論」十一月号(産経新聞社社・七四〇円)
西村眞悟「百難不屈!我が新たなる闘争に向けて」、記者座談会「自民の死、民主の禍」、日下公人「歴史の流れから観た末来」、が読ませる。門脇孝「糖尿病はどこまでわかってきたのか」に納得。平野久美子「台湾水害で露呈した“中国式”政権の不安」は考えさせる。

o「正論」十二月号(産経新聞社・七四〇円)
豊田有恒「戦慄のシュミレーション2020年の悪夢」は最悪のケースを予測。一部現実化して来た。赤祖父俊一「地球温暖化の原因は炭酸ガスにあらず」は右往左往することの無意味さを思い知らされる。五十嵐徹「高速無料化のツケは誰が負うのか」、湯浅博「日米同盟よりも東アジア共同体に奔る愚」、斎藤吉久「皇統を揺るがす羽毛田長官の危険な “願望”」、は読みごたえがあった。小堀桂一郎「共感と違和感と— 話題の書『平成皇室論』、『天皇論』を読む —」は冷静に批評。星雅彦「「鉄の暴風」はGHQの宣撫工作だった」、福島香織「 “親日”風「南京」映画への対抗策」、喜多由浩「あなたを忘れない — 祖国への期間を待ちわびる英霊」に納得。

o「正論」一月号(産経新聞社・七四〇円)
金美齢「私はなぜ日本国民となったか」は他山の石か。田村秀男「日本経済が奈落の底に堕ちる日」、花岡信昭「声が聞こえない民主党保守派はどこへ行った」、は誰もが抱く素朴な疑問の代弁。松浦光修「奉祝 天皇陛下御在位二十年 平成「臣民」論」は読ませる。内藤泰朗「モンゴルは21世紀の「黄金郷」」は埋蔵資源の話。八木秀次「子ども手当の深謀遠慮」は鋭い。

o「正論」二月号(産経新聞社・七四〇円)
岡崎久彦「戦後の外務省に小村寿太郎なき無念」は近・現代史とは一味違う小村像を描く。倉山満「明治帝を支えた宮内官僚の真骨頂」は現長官発言の軽薄さを思い知らせる。芳賀徹・石川英輔・金森敦子・鬼頭宏・屋山太郎・八木秀次「シンポジウム抄録 世界史のなかの江戸文明」は江戸を再評価する試みで面白い。

〈 社頭講話の資料と方法 〉

「仮字づかひは、近き世明らかになりて、古学(いにしへまなび)するかぎりのひとは、心すめれば、をさをさあやまることなきを、宣長が弟子共(をしへこども)の、つねに歌かきつらねて見するを見るに、誤(あやまり)のみ多かるは、又いかにぞや」(本居宣長『玉かつま』六の巻)

〔訳文〕かなづかいは最近明らかになり、古学を学ぶ人は、冷静に考えればけっして誤ることはないのに、弟子等が歌を書き連ねてよこしたのを見ると、誤りが多いのはどうしたことであろうか。

〔展開例一〕契沖(学僧)たちの努力で仮名遣いの混乱は正されたのですが、一般には混乱したままだったようです。仮名遣いを教わったはずの本居門下の人々でさえ、誤用が目立ったというのです。師である宣長は「些細なこと・基礎となることを疎かにすべきではない」と言っているのに違いありません。それは日本とは何かと問い直した宣長の学問とも不可分だったからでしょう。

〔展開例二〕平安時代以降、混乱して来た仮名遣いを正したのは、江戸時代の学者たちでした。ところが敗戦後、一部の表音主義者は強引に現代仮名遣いを通してしまいました。それが半世紀以上も続き、遂に古典を読みたがらない青少年を増すことになったのは惜しいことです。荻野貞樹著『旧かなづかひで書く日本語』(幻冬舎新書)は、その背景を記しているので、一読なさるとよいでしょう。

〔展開例三〕本居宣長の指摘は些細なこととも映るのですが、視点は大切なところに捉えています。疑うこともなく表音主義で国語を綴っている私どもは、知らず知らずに古典の読解力を失っていました。戦前の教育を受けた人々が抵抗感もなく読んだ古典を、今の若者たちは(否、大人たちも)外国語のように遠いものと感じています。日本文化を正しく承け伝えて行くためにも、藤原正彦著『祖国とは国語』(新潮文庫)などを読んで、認識を改める必要がありそうです。

「俄神主社務日誌」

o月o日 本務社。夕飯を摂っていると管理人から電話が入った。「安産のお守りを欲しいという方が来ているが、社務所には普通のお守りしかない」。本人を電話口に呼び「肌守でよいのだ」と説明するが「出産日が切迫しているので、今日中に安産のお守りが欲しい」という。「それではお届しましょう」と返事をすると「九時にお願い出来ますか」とのこと。雨中を出発。電車なら三十分の距離だが台風接近中なので車にした。神前に「安産のお守りを授与する」旨を奉告し、氏子宅へ向う。お宅が解らない。家内から伝言の電話が来た。「今あなたの車が通り過ぎたので戻って欲しいと言って来た」。白衣なので解ったらしい。指定された場所まで戻ってお守りを渡すと喜んでくれた。こちらも有難かった。またまた珍しい体験をした。

o月o日 兼務S稲荷社。十二月は連日、氏子区域へ大麻の頒布に行く。二度三度と伺っても留守で「神札御希望の場合は神社へ御連絡下さい」と記したカードをポストに入れる。おおむね晩には連絡が来る。最高新記録は六回。さすがに留守の日と時間帯を覚えてしまう。中には「なぜ来ないのか」と電話をよこす人もある。カードを見ていないのだ。日程は回覧版で予告済みだ。毎年行くのに「いらない」と断って後で総代の所へ取りに来る人もある〔早く顔を覚えさせねば…〕。今年は「近くの寺から五〇〇〇円の札を受けているので要らない」というのがあった。こういう断り方もあるのかと感心したが、大いに腐った。

o月o日 兼務S八幡宮。正月二日以降は管理人夫婦だけが授与所に詰めてくれる。朝拝すべく拝殿に上ると段ボールが一箱置いてある。中を見ると「宮司が書いた本」というビラと自著が手付かずのまま入っていた。どうやら宮司の私物と勘違いして、わざわざ片付けたものらしい。教化目的で並べようとした思惑は完全に外れた。

o月o日 兼務S八幡宮。ここは例年、一部の地域で町会長と商店街の米屋が大麻頒布に協力してくれる。ところが管理人に氏子から「今年は値上げしたのか」という問い合わせがあった。どうやら一緒に配った暦を五〇〇円で出したらしい。暮に町会長から「値上げしたい」という申し出があったので断っておいたのだが、通じなかったのかも知れない。次回は自分で配ることに決めた。